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パタヤジョイ―遠距離生活
出会い、そして、別れというものは、思いもしないところから突如としてやってくる。人間の感性を激しく揺さぶる二つの言葉、あれは運命だったのか、必然的なものだったのか。ただ、あのとき、僕は、平凡な毎日を繰り返す、どこにでもいるごく普通の青年だった。


健全な一旅行者として初めて訪れたタイ。再び吸い寄せられるように訪れた2度目のタイ。そして、まるっきり不健全な思考のみで訪れた3度目のタイ。タイという国は、日本ですさんだ僕の気持ちを和ませてくれた。何か物足りないと感じていた日々の生活に、刺激を与えてくれた。やり場のない憤りや、怒りといった感情を優しく包んでくれた。
今を楽しみ今を生きる。タイには、そんなオーラがあった。

これまでの自分、今の自分、これからの自分。そんな思考たちは、この国ではちっぽけなものだと感じられた。ただ、僕にとって、タイという国は、魅力以上に、魔力をも合わせ持った、とんでもない代物だった。3度目の訪タイ、僕は、
ジョイという女性に出会った。以前の僕にとって、タイは、日本での生活を忘れる息抜き的な休息の地。遊びの空間であるはずだった。そして、僕が、ジョイと過ごした時間は、たったの5日間。彼女に本気で恋をすることなどおかしなことだと思われた。だが、人間の感情というものは面白いもので、彼女に会えなくなると、更に思いは募る。あの魅惑のひと時は、僕の中で、大きく膨らんでいった。


彼女との出会いから、数ヶ月経った春。僕は、ある会社に就職していた。テレビの制作会社だった。バイト時代から、同じようなことをやっていたので、さして新しく覚える仕事はなかった。ただ、変わったことはと言えば、自分への責任というものが大きくなったことぐらいだ。普通のサラリーマンとは違う日々。昼過ぎに起き、局に出勤すると、その日の担当を割り当てられる。オンエアー前の追い込み、放送中の緊張感。。全国放送というプレッシャーと、休みのない日々に精神は病んでいった。。


そんな僕の楽しみは、深夜遅く、一人暮らしの部屋に戻ったときに開くメールだった。あれから、半年、僕は、ジョイと毎日のようにメールの交換を繰り返していた。仕事が終われば、会社の電話を使い、
国際電話も頻繁に繰り返した。「Hello,Joy,,how are you doing now? I miss you..」。「Me too...」。タイ語が全く出来なかった僕にとって、毎回の電話は、片言の英語のみ。当たり障りのない一辺倒な会話ばかりだったが、それでも、ジョイの声を聞くだけで、僕の心は和んだ。。


ただ、僕には気がかりなことがあった。ジョイが、どこのバーで働いているか知らなかったことだ。電話をすれば、ときに、後ろから派手な大音響のミュージックが聞こえてきた。「今、仕事中だから・・・」と言われ、長く話せなかったときもあるし、電話に出てくれない時もあった。僕は、ジョイがバーで働いているという事実を知りながらも、それを割り切れないでいた。決して、「今、他の男性客といるんだろ?」とは言えなかったが、そんな嫉妬は、増える一方だった。ただ、そんなこと日本では、誰にも言えなかったし、そんな自分が情けなくも感じた。


「俺は、なんでタイの、しかも
ナイトバーで働く子に、こんな気持ちになってんだ・・・」。以前の自分がそうであったように、、一般の人にはバカにされ、笑われそうなことだと思われた。それでも、僕の感情は、あの魅惑のひと時から抜け出すことなど出来なかった。




今の時代は、インターネットという非常に便利な道具がある。僕は、ヒマさえあれば、「タイ」、「パタヤ」、「バービア」など、タイはパタヤに関するあらゆるサイトをチェックした。パタヤに関するサイトは、非常に少なかった。だが、いろいろなページや掲示板を閲覧する内、僕は、タイの歓楽街に関するおおよその知識を得ることが出来た。「○○GOGOバーの××ちゃんが最高です!」。「△△ビアバーで連れ出した□□ちゃんは、とっても××が上手で・・・」。


怪しいサイトばかりだった。そのおおよそが、アジアという国で、貧困のためナイトクラブで働く女性を憂いながらも安価で若い生娘と一晩をともに出来ることに歓喜し、その情報を交換するといった内容のものばかりだった。実際、僕も不健全な遊びという理由で、初めてパタヤを訪れたのだから、そのことに関しては、何も意見はないが、何か、切ない気分にさせられた。。ただ、日本には、僕のように、タイ人女性に恋をしてしまった男性も多くいた。僕は、その他大勢の一人だったことに、少しほっとした。



当時の僕は、何も知らなかった。僕は、情けなく恥ずかしくも、続いて
「パタヤ ジョイ」と検索した。



今となれば、タイ人の多くは、本名の他に、あだ名を持っているという事実を承知しているし、ジョイというあだ名の女性など、沸いて溢れるほどいるのだが、僕にとって、「ジョイ」は、彼女の名前以外の何ものでもなかった。そして、yahooの検索エンジンは、数件のヒットを僕に伝えた。僕は鬼気として、そして恐れながらもひとつひとつのページを開いてみた。僕が、ひと時を過ごしたあの「ジョイ」は、そこにはいないようだった。ここまで来ると、嫉妬を超えて、ストーカーの一歩手前のような気もするが、それほど、僕の精神は、タイという国のパタヤで出会ったタイ人女性に奪われていた。


「I want to see you..come see me now..I miss you. I cannot wait more...」。「Sorry...I think same you..please wait for me..」。当初の予定では、僕は、夏休みにもタイに行くことを決めていた。だが、忙しくも一般とは違う特殊な仕事は、僕に
長期休暇を与えてはくれなかった。その年の夏休みは3日間だけだった。連休というものが取れない仕事に苛立ちを覚え、それでも、「タイは3日あれば行って帰って来れる。一日は終日パタヤで過ごせるし・・・」などと思い、旅行代理店に電話をかけたことを思い出す。だが、日々の仕事の疲れと、帰国後の自分を考えると、そんな強硬手段に打ってでる自信は、僕にはなかった。




そして、その年の
年末。運良くも番組の特番がなかったことなどから、僕には、急遽、10日間の正月休暇が与えられた。「えっ、ホントにこんなに休暇もらえるんですか?ウソじゃないですよね・・・」。「ゆっくり実家にでも帰ってこいよ」。上司は僕に伝えたが、僕には、3年以上も帰っていない実家より行きたい場所があった。「僕、海外に行きますから、絶対変更はなしですよ」。僕は上司にそう告げると、仕事中の合間に当時利用していた旅行代理店へと電話した。「とりあえず、僕の休暇は12月28日~1月6日の10日間です。この間で出来るだけ向こう(タイ)に居れるようにしたいんです。乗り継ぎ便でも、行きと帰りの航空会社が違っても構いませんから」。


「いやぁ、この時期はさすがに人が多いから、今からだと難しいかもしれませんねぇ」。「そこを何とかお願いします」。。僕に休暇が伝えられたのは、大晦日まで、あと10日と迫った時期だった。そして、休暇もあと3日に迫った日、キャンセル待ちを依頼していた代理店からの返事は、ノースウエストの乗り継ぎ便で、およそ17万円のチケットだった。これまで利用してきた航空券の3倍以上の額ではあったが、半ば諦めかけていた僕にとっては奇跡的なことだと思われた。。僕は、喜んで航空券を購入すると、その晩、ジョイへとメールを送った。。「Yeah! I can go to see you 10days !! 」。僕は、喜び勇んで、ジョイに伝えた。ただただ、僕の頭の中は、ジョイと再会できることへの喜びだけでいっぱいだった。そして、ジョイの現状が以前と違うことなど、当然、僕には知る由もなかった。




仕事納めの12月27日。深夜明け方近くまで続いた忘年会を一足先に抜け出し、部屋に戻ると、イソイソと荷造りをし、徹夜の目をこすりながらも、翌日の早朝、成田空港へと向かった。
久しぶりのタイ。ドンムアン空港は、年末のせいか多くの人でごった返していた。「ジョイ、今、バンコクからだよ。あと2時間半でパタヤに着くから…」。僕は、タクシーをチャーターし、パタヤに着くと、再びジョイへ連絡をとった。待ち合わせは、思い出の地マイクショッピングモール。食事を取り、ホテルに戻ると、僕は、ジョイに今回の予定を告げた。


「滞在は、1月6日までの10日間。その間は、ずっと一緒にいて欲しい…」。ジョイは、はにかみうなづいた。僕は、日本から買ってきていたプレゼントをジョイに渡した。当時、流行っていたパワーストーン。アメジスト石(恋の成就)のネックレスをあげたが、さほど喜んでいる様子はなかった。ただ、ついでにあげたベビーG(お古)には、多いに興味を示し、喜んでいたが。「Honey,,,Happy Merry Christmas!!」。。数日後、ジョイも、クリスマスプレゼントと称し、僕に半パンと、Tシャツ2枚をプレゼントしてくれた。全く僕の趣味範囲外のものだったが、ジョイは、毎日僕にそれを着用することを強要した。ただ、僕は、その行為がとても嬉しく、素直に従った。


僕らは、パタヤからほどなく近い島、
ラン島へ船をチャーターし、日帰り海水浴をした。パタヤパークへ行き、プールでのんびりすると、隣接の遊園地で遊んだ。僕は、幸せいっぱいだった。また、ジョイが働くソイ9のバーにも、毎日一度は顔を出すようになった。そこでは、ジョイのお姉さん(=オカマ)が働いていたので、僕は、それが理由で、毎日のように連れて行かれてるんだと思っていたが、実際は、違っていた。。ある晩、酒の弱い僕が、あいかわらず酔っ払っていると、「Honey go home...」とジョイが僕に促してきた。「OK..OK..」。。


ふと見ると、ジョイが自分の財布から、キャッシャー(会計係り)にお金を払っているのが見えた。「何してたの?」。。「ううん…」。ジョイは、はにかみ笑ったが、僕は、そのとき、はっと気づいた。僕は、ジョイとの毎日に浮かれていたせいか、こういう店に
ペイバー(連れ出し料)があることを忘れていた。僕が、ジョイにそのことを話すと、ジョイはうなづいた。。ジョイは、自分の財布からペイバー代を払っていたのだった。


「Sorry..明日からはちゃんと僕が払うから」。。その年、僕は、ジョイと年越しの瞬間を迎えた。毎日が、ただただ幸せだった。10日間という時間は、信じられないほどに早く進んだ。「はぁ~、またこのときが終われば、
日本で仕事の毎日か…」。ずっと一緒に居たいという気持ちは増す一方だった。でも、とにかく今を楽しむことが大切である。僕は、その日、その瞬間を切り取るように、頭の中に刻んでいった。だが、今回の訪タイは、僕の中では、以前と違っていた。ネットなどで、ありったけの情報を手にしていたことが、その原因だとは分かっているが、バーで、他の男性客が親しげにジョイと話したりすると、僕は、ものすごい嫉妬に駆られた。



僕は、すでにジョイに恋してしまっていた。ジョイから離れられない感情に陥っていた。そして、そんな僕にとって、最悪の出来事が起こった。。(パタヤジョイ5へ
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