|
イメージとしては女の子の質も低く、治安も悪い・・そんな感じで紹介されていたためもあろう。しかし、それは大きな間違いであった事に、こののち気づかされるとは・・・。しかも予想以上に。
初めて訪れる街は、いくら旅慣れしていようとも、アドレナリンが自然と高まり緊張が走る。僕がもっともいつくしむ時でもある。噂どうりイミグレ職員は性質が悪い。1ヶ月のアライバルビザをすでに受理されているのにも関わらず、「仕事にきたのか?」などの質問を執拗に繰り返す。
「早く賄賂くれや・・」としか聞こえません。
しかし、数々の国の入出国スタンプがびっしり押されているパスポートの前に、彼らも諦めたらしく、帰国のEチケットを叩きつけると「こんな紙切れ・・」みたいな感じで、早く行け行け!と手を払われ、ようやく入国。「はあーー、嫌な国来ちゃったなー・・・」が最初の印象。
空港を出るとすでに深夜。「えっ?国際空港なのに両替所が全部クローズ・・・」。 というわけで、闇両替商でエクスチェンジ。US1=9.000IRP(バンクレートUS1=9.150IRP)で、US20(180.000IRP)だけ交換。勿論バスもすでに終了。タクシーで街まで12万IRP(言い値20万IRP)。
時刻はAM1:30。朝になればバスも走る。 マクドナルドで今後のプランを考えるのに、ちょうどいいや・・。で朝までマック。
朝、バスに乗って宿探し(市内まで1万IRP)、マンガべサールという通りのホテルにチェックイン。昼になり街にでてみた。結構な都会、そして、大渋滞(間違いなくバンコクを抜いて世界1)。しかし、ジャカルタにはバス専用車線があり、バスは渋滞に紛らわされない。
銀行に出向いた。街歩きでは通りすがりの人々に道を聞いた。驚くほど皆、昼下がりの忙しい時間だというのに、この言葉もろくにしゃべれない僕に対し、優しく丁寧な対応。オフィスワーカーの人までもが、本当に忙しい中親切に優しく(両替レートの良い両替所までの丁寧な地図まで書いてくれて・・)。
みなさんはどう感じられてるかは解りかねますが?
今のタイ辺りで言葉もろくにしゃべれない外人に対し、オフィスワーカーなぞは、「ワタシャ、イマ、ハナクソホジッテルノヨ、フンフン・・」なんてのが当たり前になってる現状。いいじゃないですか、インドネシア。僕はすでに空港での嫌なイメージがすっかりなくなってることにうれしくなってきた。
夕刻、各駅停車の電車に乗ると、なんとドアの扉は開けっ放しで走り出した。おそらく1番貧しい層の人々が乗るであろうこの電車。街歩きでは見れなかった裏からみえる町並み、大都会とスラム。混沌と猥雑、豊かさと貧しさ。
それらが開けっ放しの扉を流れすぎ、ふと夕闇のかなたから、コーランのしらべ。車内にいる多くの物売りの掛け声と交わり、えもいわれぬ響き。トランス状態に近い居心地の良さで僕を包んでくれていると、ふと懐かしさが込み上げてきた・・。
|
 |
そう、、かつて20数年前に初めて訪れたバンコク。古き良き時代の人々が、貧しさと向かい合いながらも、純粋な笑顔であふれていたあの感じに。。
ここでも人々は優しかった。老いた人に席を譲る若者、いやみのない物売り、ものめずらしそうに僕を見上げる子供たちに、微笑み返す僕。どこから来たのか訊ねてくる周りの乗客、日本人だと答えると英語の解る人が皆にそのことを伝える。
一斉に、「この電車は日本のお古だけど、日本の技術はすごい。日本はすごい。お前はすごい??オオー!!」とわけもわからぬギャグで笑う人々。その笑顔には妬み、乞、欲を裏に隠すどこかの偽微笑の国とは一線を画す、本当の優しさに溢れた笑顔があった。
そして、ジャカルタの夜。 少し危険な匂いのするスラムの中の1件の置屋BARに潜入。
「なぜ?いきなり?初日に?」。
そう、ここジャカルタは物価が高い。10万IRP(US11)で、いたせるのは、こういう所しか無いらしくハジャイ(シクロ)の親父いわく・・「薦められない。良くない。危ない・・」。が、数十秒後にはニヤニヤしながら「オッケーゴー!」と交渉成立。この観光客らしからぬヘンタイ外人に対し、渋々重い腰をあげる羽目になったシクロ親父。いざ郊外へ― (後編へ)
|